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本朝聊斎志異「そこには、一目で神とわかる者が床几に座っていた」

わたしのなかでは処女作「電話男」で、中井紀夫、北野勇作といった、とぼけた口調で人を食った話を書く系譜の大御所である、小林恭二の新作、本朝聊斎志異(集英社刊)を読みました。
古典のリライトを始めたりするのは、作家として涸れてきてるんじゃないかという不安がありますが、この人の場合に限って言えば、「ゼウスガーデン興亡史」の饒舌を、和風に枯れさせた「カブキの日」以降のジャパネスク指向とも取れる訳で、期待に反せず、面白くかつ、この人らしさもある作品でした。
人が怪異(閻魔か、狐か、鬼と書いてゆうれい)に出会うが、善人だったので助かってめでたしめでたし、といった、「こぶとりじいさん」のような(ちょっと艶っぽい話が多いのですが)ショートショートが54つ。まぁ、逆に悪人だと滅びるという話もありますけれど。
善人とはいいましたが、「本朝」ということで、無理やり日本の平安時代から江戸時代(明治〜現代もいくつか)に翻案しているものの元は中国の話(不勉強にして諸星大二郎版のりょう怪志異しか、知りませんが、2/29付の朝日新聞書評によれば、芥川はじめいろいろあるそうですね)というだけあり、日本の「笠地蔵」的気弱で無害な善人というより、中国大陸的な度量の広い大人物だったりしますから、善人→幸せの因果話というより、世にも不思議な物語的微妙なオチの話です。
歴史の知識がオチ理解に必要な話はほとんど無いので、気楽に読めますが、反面、さすがに微妙なオチが54も並ぶと、似たような話が繰り返されてきます。そこらへんは、アレンジ違いを楽しむ、ということで許せない整合性重視の人にはちとつらいかも。
本記事タイトルは第21話「益荒神」からの引用ですが、この無茶なフレーズを面白がれる感覚の人にお薦めします。

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