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映画「ダニー・ザ・ドッグ」

凡作。

戦闘マシーンが人の優しさに触れて改心、という、ジェット・リーの感情表現力に配慮したベタな展開のアクション映画でした。本作と同じく、リュック・ベッソン製作のジェット・リー主演映画「キス・オブ・ザ・ドラゴン」と同じような印象。

アクションシーンは、「ジェット・リーは無敵」が前提だし、しょうがないのですけれど、意味不明狂気笑いと、仏頂面と、キレる系怒りんぼ、といった肉体派フランス人雑魚に人間味が全く無いため、勝っても、敵を倒したっていうより障害物を排除したって感じになっていて、カタルシスに欠けています。あるいは、映画で喚起される「感情」が、わたしと、この映画が対象としているフランス人とは全然違うのかも、と、絶対敵が待ち伏せていそうな不安かき立て音楽なのに、心の安らぎシーンだったりする音楽(マッシブ・アタック)に感じました。

アクションに味気がないのは、話の方を見て欲しいってことなのかもしれませんが、過去を徐々に思い出していく描写と、ジェット・リーの表現力で「改心」過程を見せるためにお約束的手続きを踏む必要があったため、戦闘もダレ場もなく、ただただ説明的描写ばかりが続く退屈さなので、話として観るにも辛く。

老師的な役回りが板につきまくりのモーガン・フリーマンが、本作では陽気なピアニスト系老師を演じていて、その陽気さはジェット・リーのマシーン振りと良い対比にはなっているものの、それは、記号的老師表現ってことでもあるので、「記号」を超える存在感を映画にもたらすまでには至らず。

要は、映画としてはアレな訳ですがが、「ジェット・リーは無敵」アクションを観てるだけである程度楽しいのも確かなんで、まぁ、「凡作」かな。

2005.06.25新宿ピカデリー3にて鑑賞。

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R・A・ハインライン「銀河市民」/伊藤典夫編「SFベスト201」

昔のSF関連作×2

R・A・ハインライン「銀河市民」

殆ど読んでいなかった、ハインラインの作品を復刻を期に読んでみたら、「宇宙の戦士」も合わなかったのを思い出したり。

父/家族/軍、といった古き良き目のモラル大好きな度が露骨で、人種ネタ等モラル系のマイナス面への配慮とかあんまり無く、善悪が綺麗に別れてる記号的な小説なのは、は60年代以前のアメリカ故でもありましょうが、作者の指向性か、と。

モラルねた除くと、主人公の才能や人気に何の理由付けもされないまま、うまく行ってしまう話なので、どこか粗筋を読んでるような気がして、小説としては楽しめず。いくら貴種流離譚といったって、現代ラノベでも、もう少し読者を騙す言い訳はあるかと。

「父ちゃん」というアナクロい言葉の多用は野田昌宏訳らしくはあって、味かな。


伊藤典夫編「SFベスト201」

80,90年代中心の翻訳SFの紹介本(なわけで、サンリオSF文庫多数。)ですけれど、紹介者の主観的感想、内容紹介、歴史的意義のどれを書くかが紹介作/紹介者によって異なっているので、この本全体の視座が不明。

所謂SFの紹介ものをたよりに50年代、ニューウェーブものを読み終えて、これからいろんなSFを読んでいこうとする若い人向けなのか、80年代にSFの黄金期=14歳だった層へ向けての懐メロ(メロじゃないけど)本なのか。あるいは、国内翻訳出版順に並べられた、という本国のSFとしてより「翻訳」されたことに自覚的なつくりなことからみて、昭和風俗としての日本SF研究家がいるとして、そういう人向けの基礎資料なのか。

巻頭言「はじめに」では、「世界のSF文学・総解説」(確か、1ページ3段組のSF紹介本、オチまで紹介してるのを、どうかと思った記憶が。)と現在とを繋ぐ、当初コンセプトだったけど編者の病気で発行が遅れてだいぶ変わったものになった、みたく書かれているけれど、本来はもっと、伊藤典夫色が強い本になるはずだったのかも。実際のブツでは伊藤氏もレビュアーの一人でしかないですが。

「はじめに」での、フレンドリー「ぼく」トーク(口述筆記だからかな?)で、自分勝手なSF論を語るのは、正直、少々気持ち悪いのですが、伊藤典夫の「SFスキャナー」に思い入れがある層にはこれがクリーンヒットで、わたしは微妙に対象外ってことかも。

表紙写真とともに作品セレクション見てると、そりゃ懐かしさも感じますが、80,90年代で200冊だと「ベスト」かぁ、と思わざるを得ない作品もあったりするし、そんな作品を選んだこの本全体の視座が見えないので、なんだかなぁ感が漂いました。

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フランク・ミラー「バットマン:ダークナイト・ストライクス・アゲイン」

最近読んだアメコミ(同作者の「バットマン:イヤーワン」も読んだのだけれど、昔スーパーマンとの合本で出たやつと同じで+画家あとがきぐらいしか変更無かったので、最近読んだとは言い難いですし。)

読みごたえはあるものの、超傑作である同作者による前作「バットマン:ダークナイト・リターンズ」ほどの感動は無い、かな。

ヒーローの死、という一種の最終回ネタに託したヒーローの意義を語りつつ、メッセージ臭くしないために、自罰的な男の意地を見せる男のやせ我慢(ハードボイルド)ものドラマの中での照れ隠しに見えるようにメッセージを語っていたのが前作でしたが、同じ作者による続編とはいえ、本作は前作路線とはかなり違ってます。

本作はXメンでよくあった展開というか、人質取られて仲間割れを含めて、多悪役&多ヒーローバトルを多視点同時進行していく展開で、ラストバトルではなぜか敵が急に弱体化していて、なんとなく解決してしまうラストなのもXメンっぽいです。

解説にもありましたが、ヒーロー復活な話を、ヒーローの死を描いた前作へのカウンター的意義を持たせて描いていることは、現代の退廃的風俗が一周回ってスーパーヒーローのタイツ姿がダサかっこいい視される、というネタに象徴的。ヒーローマンガのダサさ(と、あえてそれを選択する意義)を解りやすく示すには、黒を基調としたシンボリックなデザインで、今見てもダサくない姿のバットマンではなく、恥ずかしいガンダムカラーなスーパーマンこそがふさわしく、そんなわけで基本的にはスーパーマンが話の中心です。

スーパーマンが、苦悩の結果、家族のために、優等生の仮面を脱ぎ捨てる、アレックス・ロスの「キングダム・カム」を連想するような明解な主張の話で、ヒーローマンガのダサさ肯定という主張自体にはわたしも好きですけど、本筋が前述したようなとりとめの無いXメン風だらだら話で主張と渡り合うドラマがある訳じゃないので、主張だけが目立つ記号的な作品になってしまったのが、前作より落ちる印象を生んでいて残念なところ。

とはいえ、物語最終盤、スーパーマンの話が終わった後、自らの老いを茶化した台詞で締める、バットマンのやせ我慢度MAXぶりには、心が熱くなりましたが。彼がラスト全部持っていってしまった印象ですが、タイトルも「バットマン:〜」な訳だし、これはこれで良し!

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music baton

musicbatonという企画が、しじゅうし様から来ましたので、参加させていただきます。

音楽への依存っぷりが「イタイ」ことを素直に書きますが、わたしの模造記憶をそのまま書いているので、嘘度は普段にも増して高いです。


Total volume of music files on my computer(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

37.9GB

Song playing right now(今聞いている曲)
無し。最も最近聴いた曲は、田村ゆかり「バタフライ・キス」。(ラジオ番組「いたずら黒うさぎ」今週分より)

The last CD I bought(最後に買った CD)
レイハラカミ「lust」

Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聞く、または特別な思い入れのある 5 曲)
1曲目。ボブ・ジェームス「スノーバード・ファンタジー」(「H」に収録)
音楽:景気のいいフュージョン。
特別な思い入れ:SF映画&アニメのサントラを中心に聴いていた中学時代、この人の「スタートレックのテーマ」カバーしたシングルをきっかけに他の音楽も聞き出すことになり、最初にアーティスト追っかけを意識して買った。確か輸入盤で、国内盤とは違った保存料(?)の匂いに緊張した記憶が。
その後、ボズスキャッグスのカバー(「ウィーアーオールアローン」)をきっかけにAORを聴いていくのだけれど、「アルルの女」のカバーだった「ファランドール」で、クラシック系へ行っていたら以下の4曲は全く違うかも。

2曲目。EL&P「悪の教典#9第1印象パート2」(「恐怖の頭脳改革」に収録)
音楽:派手なプログレ。ハードロック色が強い。
特別な思い入れ:高校入り立ての頃、渋谷陽一のラジオ番組(たぶん、サウンドストリート)で特集しているのを聴いて、そのかっこよさに、ラジカセの前で凍り付く。同時期に触れたA・C・クラーク同様、自我を拡大してくれるような壮大さに、プログレ信者になる

3曲目。P.I.L「アルバトロス」(「メタルボックス」に収録)
音楽:単調でノイジーなポストパンク。ダブ色が強い。
特別な思い入れ:浪人時代、落ち込んでいたときに、明大生協のレコード屋で見かけた、レコード帯の「ロックンロールだ」のジョン・ライドンのコメントに惹かれて。嘘だったが。あまりに大きなベースの音に驚愕、何かスゴイ気がして、プログレ信者からノイズ教に宗旨替え。その後に聴いたザ・ポップグループ「Y」の影響もあり、お茶の水ディスクユニオンのオルタナティブコーナーを漁る人になる。

4曲目。Theピーズ「全部あとまわし」(「グレイテスト・ヒッツVol.1」に収録)
音楽:ポップパンク。詞が自嘲的。
特別な思い入れ:大学時代のかなり後の方で麻雀にハマり、研究室にも行かずに終電まで麻雀打って、当然のように負け続けていた頃のBGM。時間が遅いのでバスもなく、駅からとぼとぼ歩いていて、「俺、いったい何やってるんだろう」な気分の時には他の音楽を聴けなかった。

5曲目。ギャングスター「テイク・イット・パーソナル」(「デイリー・オペレーション」に収録)
音楽:くぐもった音の超単調なヒップホップ。ジャズからのサンプリングが多い。
特別な思い入れ:職場の課内旅行に出かける時、持っていったCD。パブリックエネミーのようなノイジーな音が好きでヒップホップ聴いていた当時は、正直、なんだか良くわからない音楽だった。気を使う旅行には行きたくなかったので、各駅電車に乗って、半分寝ながらずーっと聴いていると、突如「この反復こそグルーヴなのでは」と、悟りのようなものを開く。以後、グルーヴ至上主義に入信。

Five people to whom I'm passing the baton(バトンを渡す 5 名)
渡せる知人が居ないので出来ません。

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フジロック2005鑑賞予定(参加と書く勇気無し)

カテゴリーは音楽より雑記向きかも。なフジロック対策その1。

わたしの興味範囲だと、エディ・リーダースペシャル・アザース風味堂marz voltaサンボマスターPE'Z、Soulive、ダイナソーJR、ベック、クラムボン、クレイジーケンバンド、と、割と見たいアクトが多い、という理由と、参加者の感想が妙にハッピー風な「フジロック」というイベント(っていうと怒りそうな公式サイトのカルチャー含め)自体に、興味があったのでチケットを買ってみました。

去年行った「ロックオデッセイ」みたいなスタジアムでの大イベントだと、どうしたってハードロック入った大音量系のほうが盛り上がって、アコースティック系の人とかは不利な戦いを強いられますけれど、SF大会みたいな分科会スタイルで多数イベントを並行させるような構造のフジロックだと、いろんなスタイル用に「場」が作れる強みはありそう。(同一のイベントを全員が体験できなかったとしても)イベントへの統一的参加感は、長期の参加、ということが担保するのだろうし。

しかし、チケット代38000円に+3泊ホテル宿泊(予約しなきゃ、結構高いのねぇ。)+往復新幹線だと結構金の掛かる娯楽だなぁ、という気もします。体力もスキルもないので、キャンプは考えに入っていなかったけれど、この額だと必要性も理解できるっていうか。

そりゃ、出せない額って訳じゃないですけれど、「大感動」出来ないと、かなり悲しい額ではありますし。

「感動」を観客として受ける以外に参加して楽しむのが難しそうなのも、宿代が割高なのも、全て、独りで行くのが拙いからというのは解っていて、友達誘ってのが正しいのでしょうが、友達居ないですし。

スケジュールが見えないので、何とも言えないけれど、金土2泊だけして、最終日は終電で帰る、って手もあるかなぁ、とか思ったり。最終日トリ(?)のニューオーダーって「ブルーマンデーとかコンフュージョンとかのデジタルビート?、あとアジカン曲の上手い日本語試聴はしたけれど。」ってぐらいの認識だからなぁ。

タイムスケジュール発表はいつかな?それ見て考えましょうか。

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「Low Profile Music of Lekan Animashaum/Mr.Big Mouse Tunde Williams plays with The Afirka 70」/レイ・ハラカミ「lust」/三浦大知「FREE STYLE」

最近聴いたCD×3。キーボードが印象的。

「Low Profile Music of Lekan Animashaum/Mr.Big Mouse Tunde Williams plays with The Afirka 70」
フェラ・クティのバックバンドでサックス吹いていたLekan Animashaum、Tunde Williams両氏の各ソロアルバムを2in1CDしたものです。
基本はフェラ作品同様のアフロビート、マイナス、フェラ自身の歌、といったところでしょうか。

主役がサックス吹きとのことでサックスソロがあったりしますが、バックの音楽とは無関係にこれからソロ演奏しまーす、ってなジャズのソロパート臭さ(というのは、わたしのジャズ物に対する先入観ですけど)が、少々辛いとこもあります。ただ、そんなに長々と演ってるわけではないので許容範囲内かな。歌は、特にTunde Williams氏の歌は、ぼくとつな感じのアフリカ歌で、バックで鳴り続けている、いつものフェラ風ポリリズム演奏に埋もれてしまっていて、イマイチかな。
フェラ自身による、腕は全く動かしてなさそうなオルガンの手癖フレーズのテンションが高い「Low Profile」が、本家度が高くて良かったです。

レイ・ハラカミ「lust」
まんがの森で、ぱらスィー氏の同人誌「4倍STRAWBERRY BUBBLEBATH」買ったら、文字少な目の下書き中心だったので読むというよりパラパラ眺めてました。そしたら、最後のページに「my favorite music」が1ページぎっしりリストアップされていて、それが、ポストロック周辺を聴く人の教科書的リスト(知らないアーティストも多いから偉そうなこと言えないですけれど、ヒップホップ系がアウトキャストだけ入ってたり、ブラーあってもオアシス無かったり、と。)で、テクノ以降の人は美学統一されてるなぁ、と妙に感心してしまいました。覗き見趣味と反省もしつつ、苺ましまろのアナが、レディオヘッド聴いている話があったし、作品と関係無くもないと、強弁しつつ。和物も入っていて、卓球、コーネリアス、くるり、そして、「レイ・ハラカミ」と、amazonで「この商品を買った方は」相関係数の高さを思わせるセレクション。

という、あまり意味のない前振りで、レイ・ハラカミの新作。といってもわたしは、矢野顕子のアルバムに入っていた曲と前作リミックス盤ぐらいしか聴いてないのですが。
「last night」「first period」とか、単純ループ度が過ぎる綺麗音はエレクトロプランクトン ハネンボウで長めのコンボが成立してる場合とあんまり変わらない気もしますが。「joy」後半や「grief&loss」、あたりの一応ビート、フレーズのある曲はハウス的気持ち良さがあります。オウテカとかよりは聴きやすいとはいえ、メロディ以前のカケラを集めた、キモチいい音の反復だけで作られ、音楽的引っかかりはダブ的強弱だけっていう、BGM的流し聴き寸前な音楽なんで、あんまし、こればっか聴いてると飽きる気もしますが、いろいろ疲れてるような時期には最適。

唯一の歌入り細野晴臣カバー「終わりの季節」は、ぼそぼそ歌を心拍音風ビートをバックに歌われるスタイルですが、このスタイルだと戸田誠司の歌のやつを連想。フォークトロニカってこういうものかもしれませんが、「夏なんです」「僕は一寸」といった和物ぼそぼそ歌ロックの真祖、細野晴臣からの伝統ともいえましょうか。

三浦大知「FREE STYLE」
CMでの彼の顔を2chキャラ風に表現した惨すぎるAAは、なまじっか似ているだけに、悲しい所がありますが、話題になってラッキー!と思うことにします。

1stから、間を空かずにリリースされた2ndシングルは、80年代ブラコンとかにあったような分厚いキーボード音には、ツライものが。80年代リバイバルとかで、彼が狙っているような現場ではこれがイケてるのかもしれないけれど、CDで聴くだけだと、ちょっとダサ過ぎ、と感じてしまいました。

歌はいつも通り、達者なのですけれど。休業前の「everlasting love」みたいな70年代、フィリーソウル風が聴きたいのが正直なところ。

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「フォーガットン」

快作。

妙にふらつく空撮視点からのシーンが続く冒頭が、気持ち悪いなぁ、と思っていましたが、意味ある伏線だったので納得。

お話自体は、子供を失った母親を主人公とした、記憶障害に見せかけて、実は、、な超常現象ものなのですが、主人公が、「子供大事」信念一直線の人だからか、92分の映画だからか、記憶ものにありがちな葛藤や苦悩することなく、仲間ゲット、謎解きと、サクサク進み、「神狩り」のラストをちょっと連想させる、超常VS自由意志なタイマンバトルで盛り上がって、ラストはハッピーエンドで終わる良い映画です。

主人公が、いろいろ葛藤や苦悩した結果、家族が大事、という理屈で全ての葛藤を超えてしまう、「Mr.インクレデイブル」とかの展開は、当初の葛藤に感情移入していた観客に対する落とし前を付けない身勝手さが嫌なのですが、本作では「家族」といった抽象概念ではなく、子供という具体物に最初から最後まで執着しているだけ(後日談エピソードで、夫はどうでもよくなってるし)な潔さゆえ、家族オチのズルさから逃れられています。
低予算だからなのか、CG爆発超常シーンとかいった、大したビジュアルは全く無いですけれど、それも、この、ニューヨークご近所SFの身の丈に合った、ありそう感に繋がっていて、好印象。


2005.06.12ワーナーマイカル新百合ケ丘にて鑑賞。

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「タナカヒロシのすべて」

退屈。

コミュニケーション不全が原因で、不機嫌になった主人公なので、わたしとは性格欠陥が重なってるのみならず、置かれている設定も重複するところがあるんで、本来なら、身につまされ度高く、イジけてしまいそうですけれど、いかなる意味でもわたしとは、引っかかり全くなく見終わってしまいました。引っ越し直後のシーンが多いとはいえ、生活観の無い綺麗な持ち家と、仕事のリアリティの無さが、渋谷(単館上映映画らしい)若者受け仕様なせいで、設定が嘘っぽく真面目に見られず、結果、ただ退屈なだけの上映時間を過ごすことに。

 一貫したストーリーというより、主人公の日常をとりとめ無く綴っていくような展開で、かつ、主人公が単に魅力が無い人間な(鳥肌実の顔ツルツル感の非人間的っぽさを強調してるので、意図的選択でしょうが、)ので、退屈なのは当たり前ではあるのですが。

 とりとめの無い日常もの(でも面白い作品)って 絵の白いサブカル系マンガにはありそうな気もしますが、マンガみたく読む側が「何もない日常」を示す捨てゴマを読み飛ばせるのと違い、時間制御権が観客にない映画だと、作品自体にだらだらした印象にしないためには、ときたま、観客の目を覚まさせるようなシーンが必要だと思うのですが、この映画にはそれが全くないので。(草っぱらでテクノをバックに俳句を詠みつつ画面がぐるぐる回る所は絵的には面白かったけれど、あざとさも激強だし、テクノなので「狙っている変なシーン」を超えるものではないから驚けず。)

ラスト、家族イベントで改心して、唐突にポジティブなことを言い出すけれど、「ラストだから改心」にしか見えないのは、鳥肌実に顔のインパクトがあっても、改心を見せるような演技が全く期待できないからで、鳥肌実の顔を見ているだけで幸せ(作中登場人物にそういう理解不能な人が何人か出てくるので、彼女らが観客視点ってことなのかも)な人向けのアイドル映画なのかなぁ。

鳥肌実の芸自体を見たことが無い、わたしは、本作の観客として全くの対象外なのでしょう。

2005.06.11渋谷シネクイントにて鑑賞。

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セシル「涙の蕾」

「タイガー・リリィ」以来となる待望の新曲は、「みんなのうた」6月曲(対バンは、kiroroの沖縄ソング「紅芋娘」。メジャー参戦も多いですねぇ。)、「涙の蕾」でした。2chセシルスレッドでそのことを知って、あわてて2005.06.08水曜朝NHK総合での放送分をエアチェックしたわけです。

地味な浮遊感あるVoゆきちの声と、気持ちよく引っかかりゼロなメロディ、ちょっとだけひねった不思議ちゃん的歌詞、といった、いつものセシル節が全開で、CDリリースも早急にお願いしたいところです、berryrecordsさん。

「みんなのうた」ということで、セシルのジャケット担当メンバーのカンバラクニエ氏が、「少女革命ウテナ」の影絵少女を思い出すような、切り絵風アニメを作っています。

今まで、カンバラ氏のジャケット絵は、人の顔、特に、目がコワイ感じで、正直苦手だったのです(わたしの中にある、美大、デザイナー系センスに対する「お高くとまりやがって」反感の裏返しでしょうけど)が、このアニメでは、人の顔があんまし出てこないこともあり、かなり見やすく、特にストーリーとかはないものの、青と白で纏められた画像が綺麗で好印象です。
正直、引っかかりがないセシルの曲調だと、曲のプロモというより、絵のBGM状態な気もしますが、ま、そこもセシルらしかったり。

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能登麻美子「いちご100%キャラクターファイル1 東城綾」/極上生徒会「偶然天使」/風味堂「sketchbook」/ジュリアナ・ハットフィールド「ゴールド・スターズ」

2005.06.07記 最近聴いたCD×4

能登麻美子「いちご100%キャラクターファイル1 東城綾」
ミディアムテンポの曲なので、かつての「ヒットをねらえ」主題歌のような痛々しさは無く、斎藤由貴を連想させる能登声の綺麗さだけを堪能出来ました。「まるなび!?」主題歌もリリースして欲しいところ。

極上生徒会「偶然天使」
アニメ「極上生徒会」のED。オンエア版を聴いたときに思った、フルコーラス聴いても生天目仁美、野田順子、清水香里、といった歌い上げ組の歌声の中にひっそりと、田村ゆかり、沢城みゆき、といったアイドル声が効果音的に入ってる、といった印象は変わらず。併録の「EVERYTHING IN MY HEART」はこのジャンルでは定番のユーロビート。

風味堂「sketchbook」
2ndシングルは、スタイルに借り物感が残るスロー系が前作より減り、ピアノ弾きまくり度アップで好印象。バラード「上を向いて歩こう」型空元気失恋ソングな「涙をふいて」が良い。
にしても、彼らも出るのかぁ、フジロック行きたいなぁ、とちょっと思ったり。

ジュリアナ・ハットフィールド「ゴールド・スターズ」
オリジナルを全部聴いてる人のベスト版ですけれど、7曲未発表曲とボックスのみ特典だった「見つめていたい」のカバーに魅かれて購入。
正直、歌や楽器が巧かったり、音楽的アイデアが凄いとかいう人じゃないので、ポリスやニール・ヤングのカバーは平凡。未発表曲には落ち着き気味の曲が多いけれど、本領発揮な、舌足らず女子Voで単調な曲調のギターロックなので、クオリティが特に落ちるということは無くて良かったです。中でも、keyboard,strings入りの「Mountain of Love」はこの人の曲の中でもかなりポップな出来。

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映画「バタフライ・エフェクト」

映画「バタフライ・エフェクト」を観たのですが、落ち込む映画でした。(以下は、感想ですが、映画終盤の内容まで触れているので、ネタばれ注意。斬新とはいいませんが、終盤の展開を知らずに観るべき映画ではあるので)


話の都合上、しょうがないことではあるのですが、序盤30分、主人公の子供時代のトラウマ残虐シーンが続きます。しかも、それが主人公のトラウマになっていることを示すためにフラッシュバック的いきなり画面切り替えと、不快音が連発するので、なんか「嫌な画面」だなぁ、と思ってしまったので低いということもあるのですが。

んで、何故、そんなトラウマ描写が執拗にあるのかというと、この話、主人公がトラウマ克服のために(何故か手に入った超能力で)気に入っていた、幼なじみの娘と過去をやり直す、という「恋はデジャブ」に似た(あっちは自己中な性格を治す目的でしたが)恋愛ファンタジィだからです。

「恋は・・・」の場合は、対症療法的対策ではうまく行かず、結局、主人公が自分を見つめなおして自己変革することで、問題を解決する、という話でした。なんて説教臭い話だ、とは観たときには思いましたけれど、ラストは、説教に従っただけあってハッピーエンドが降ってくるので、今にして思えば、映画としてはあれはあれで良かった気もするのです。

対して、本作では、主人公に自分を変革しよう、って意志が全く無いため、対症療法に失敗した後で、結局、問題から逃げだして話は終わってしまいます。主人公がどのくらいヒロインを好いているのか、があまり映画の中で明確にされないのと、ヒロイン役の女優さんがそんなに美人ではないため、失恋感は少ないのですが、それでも「負け」で終わりだと、悲しいイイ話と云うより、辛さが先に立ってしまいました。

音楽は、懐かし目の8,90年代ギターロック(ジョンスペンサーとバウハウスの文字はエンドロールで追えたけれど)が作中流れ、そして、エンドタイトルで流れるのはオアシスかぁ。なんかオチみたい。英国白人ギターポップの集大成ではあるけれど、特段の新味・個性は無いオアシスなのは、年を経て順調な成長ってことかなぁとも思いましたが。

でも、エピローグは数年後の主人公、なんですが、主人公、ヒゲを剃ってスーツを着てて、と、外見こそ変わったものの、母親との電話してた感じでは中身は変わって無さそうだし。

あの電話の内容が「あなたももういい年なんだから身を固めなさい。ちょうど今良いおはなしが来てるのよ。覚えてる?子供の頃、近所にいた娘で・・・」みたいだったら、印象だいぶ良かったのになぁ。

というのは勿論、萌え系摂取過多な、わたしの甘えなのですけれど、ただ、過去改編ものは「過去は変えられない/を惜しむことに意味はない、でも未来は」ってのは(たとえ説教臭くても)、いう必要があると思うのです。

過去が変えられる理由を全く説明しない、という純然たるファンタジイである、この映画を「現実」世界の観客に見せて意味があるメッセージとかほしかったなぁ。この話だと、主人公は超能力あるのにもったいないなぁ、という絵空事視してしまうし。わたしが「恋は・・・」を観たころに比べて歳をとって、説教的なものへの抵抗感が薄れた、ってだけかもしれませんが。

過去記憶改変で、大好きなおにぃちゃんの妹になりすますが・・・なW WISHのヒロインのことを、本作観て、思い出したりしました(最終回観ていないので、どういう落とし前をつけたか解らないのですが)


以上で、感想終わり。2005.06.04新宿シネマミラノにて鑑賞。

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SFマガジン2005年7月号「ぼくたちのリアル・フィクション2」/ジョージ・R・R・マーティン「タフの方舟2 天の果実」

SFマガジン2005年7月号「ぼくたちのリアル・フィクション2」
前回特集の桜坂洋小説に近いノリ、のセカイへの違和感少女話ばかり、4つも続くと、食傷。桜坂氏も続投なのでしょうがないか。「涼宮ハルヒの憂鬱」や大友克洋「宇宙パトロール・シゲマ」的な、架空設定を妄想という扱いにして、その妄想を抱いている人の心を描く、ってな物語の場合だと、架空セカイの設定って、象徴ですらなくて、心底どうでも良い背景なので、架空設定をマトモに取り合ってSFとして読むには辛い。
その中では、家族関係の重苦しさが昔の日本文学臭く、その分だけ小説として普通に読める、平山瑞穂「野天の人」が良かったかな。

特集以外では、連載「罪火大戦ジャン・ゴーレ」は毎回、話が転々として、新聞小説的に飽きさせないなあ。

ジョージ・R・R・マーティン「タフの方舟2 天の果実」
基本的には、前巻と同じ娯楽SFなれど、最終話「天の果実」ラストでの〈鋼の後家蜘蛛〉の挫折泣きっぷり、はいかにも70年代臭く、かつてのマーティンの作風を思い出す作り。

それにしても、<氷と炎の歌>第1巻の「栗本薫氏絶賛」並に読者をドン引きさせる(栗本氏が一概に悪い訳じゃないけれど、独自の世界にはネガティブなイメージ持っている人も多いと思うので)、「お前が馬鹿なら買え」と言わんばかりの帯の惹句は、勘弁してほしかったなぁ。マーティンの宣伝にもなっていないんじゃ...

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