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「タナカヒロシのすべて」

退屈。

コミュニケーション不全が原因で、不機嫌になった主人公なので、わたしとは性格欠陥が重なってるのみならず、置かれている設定も重複するところがあるんで、本来なら、身につまされ度高く、イジけてしまいそうですけれど、いかなる意味でもわたしとは、引っかかり全くなく見終わってしまいました。引っ越し直後のシーンが多いとはいえ、生活観の無い綺麗な持ち家と、仕事のリアリティの無さが、渋谷(単館上映映画らしい)若者受け仕様なせいで、設定が嘘っぽく真面目に見られず、結果、ただ退屈なだけの上映時間を過ごすことに。

 一貫したストーリーというより、主人公の日常をとりとめ無く綴っていくような展開で、かつ、主人公が単に魅力が無い人間な(鳥肌実の顔ツルツル感の非人間的っぽさを強調してるので、意図的選択でしょうが、)ので、退屈なのは当たり前ではあるのですが。

 とりとめの無い日常もの(でも面白い作品)って 絵の白いサブカル系マンガにはありそうな気もしますが、マンガみたく読む側が「何もない日常」を示す捨てゴマを読み飛ばせるのと違い、時間制御権が観客にない映画だと、作品自体にだらだらした印象にしないためには、ときたま、観客の目を覚まさせるようなシーンが必要だと思うのですが、この映画にはそれが全くないので。(草っぱらでテクノをバックに俳句を詠みつつ画面がぐるぐる回る所は絵的には面白かったけれど、あざとさも激強だし、テクノなので「狙っている変なシーン」を超えるものではないから驚けず。)

ラスト、家族イベントで改心して、唐突にポジティブなことを言い出すけれど、「ラストだから改心」にしか見えないのは、鳥肌実に顔のインパクトがあっても、改心を見せるような演技が全く期待できないからで、鳥肌実の顔を見ているだけで幸せ(作中登場人物にそういう理解不能な人が何人か出てくるので、彼女らが観客視点ってことなのかも)な人向けのアイドル映画なのかなぁ。

鳥肌実の芸自体を見たことが無い、わたしは、本作の観客として全くの対象外なのでしょう。

2005.06.11渋谷シネクイントにて鑑賞。

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