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三崎亜記「となり町戦争」(集英社文庫)

骨格だけの村上春樹

日常社会に「戦争」の語句をはめ込む話。ですが、実務はコンサルタント会社に外注している、という設定で、実務担当者が登場しませんし、「戦争」描写が、召集令状の文面を区役所の書類っぽくするぐらいですので、異常設定描写に説得力はありません。

また、筒井康隆「東海道戦争」のような、中間小説に異常を差し込む疑似イベント物では、異常設定に、主人公がパニクったり、状況から脱出しようとしたりすることが、物語を動かします。が、本作の主人公は、設定を葛藤無く受容してしまいますし、第4章「査察」に少々サスペンスがありますが、全編、主人公は、誰かの指示に従っているだけなので、物語は始まらないままです。

異常設定描写に、説得力がなく、主人公も葛藤しないのは、作者の意図が、異常設定自体にないからで、「現実の戦争が見えていない(本書47頁)」、つまり、「現実にリアリティを感じることができない」、という不条理小説的な状況を作ることができるものであれば、「戦争」でなくとも、何でも良かったのでしょう。

まぁ、葛藤無く受け身な「僕」、不条理な設定、ちょっと距離を感じるけれど親切な彼女、という道具立ては、典型的な村上春樹パターンなので、「戦争」は、彼女とのパン屋襲撃みたいなもの、と思えば、しっくり来ますが。

「戦争を感じ取れない」(本書52頁)」、「僕にとってのリアル(本書181頁)」なのは、彼女とのSexというオチ、で締めるのも、村上春樹ノリですねぇ、という感じですが、村上春樹や、伊坂幸太郎にあるような、気取った(魅力的?な)台詞みたいなものがありませんので、その種の小説の骨格だけを観たような読後感でした。

文庫版書き下ろしの「別章」は、本編登場人物の恋人を視点に、他人にとっての「現実」にリアリティを感じることができない、という本編テーマの再話です。

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