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クラーク「幼年期の終わり」(光文社古典新訳文庫)

わたしにとっての「心のベストテン第1位」が、ポーや、「ドリアン・グレイの肖像」といった、幻想文学勢も、刊行している「古典新訳文庫」入り。著者名が、同時刊行の"シェイクスピア"同様、"(アーサー・C・"表記無し)クラーク"表記(背表紙、奥付ともに。)なのが、古典っぽい感じです。

音楽の場合は、デジタル・リマスター&紙ジャケ再発盤みたいなものに対して、”記念品”的に手を出す趣味は無いので、ハヤカワの1000冊目版「2001年」とかもスルーしていましたが、第1章を改稿している1989年の新版からの訳とのことなので、ボーナストラック入り再発だと、自分を騙して、購入してみました。

ハヤカワ版が、手元に見あたらなかったので、「おそらくは、二十世紀世界SF文学の古典として、後世に伝わるものだろう。」との、訳者(沼沢洽治)あとがきが、感慨深い、創元推理文庫版「地球幼年期の終わり」と、少々、読み比べつつ、読了しました。

中身についての感想は、「大傑作、三年後ぐらいに、また、読み返そう。おわり」な信者モードなので、以下は、新版、新パッケージならではの部分についての、否定的な感想です。

新版の主な内容の変更は、冒頭の米ソ宇宙開発競争描写を、女性宇宙飛行士の独白に変更したところですけれど、冷戦がらみの描写は、「自滅の道をたどっていたきみたち(350頁)」を助けたオーバーロード描写と絡んでいるし、あまり意味がない気も。

「今、息をしている言葉で」訳し直す、というのが「光文社古典新訳文庫」の創刊意図だそうですが、元々、訳語が古くて、読みにくい小説って訳ではないし…

ちょっと、気になったのは、オーバーロードの支配を受け容れると、人類が独立していた時代と伝統を忘れてしまう、との反対勢力の言葉に対する感慨の箇所。新版では、「言葉ーむなしい言葉。」(110頁)と抽象的なのに、創元版の方は、「独立だの伝統だのと、要するに言葉、うつろな言葉ではないか。」(創元版 84頁)と具体的で、解りやすい気もしました。創元版が、訳語を補っていて、新版が、訳者あとがきにいう「忠実に日本語に写す」なのかもしれませんが。

あと、「SFを超えた哲学小説」との帯コピー。哲学といいますか、誇大妄想的な人類進化のヴィジョン自体は、本作の大きな魅力ではありますが、それを、ステーブルドンみたいに、直接的に描くのではなく、オーバーロードたちや、ジャン・ロドリゲスが、「僕にはよく理解できませんが」(419頁)と、不可知なままで、見送る節制は、哲学一辺倒でない、SFならでは、の味だと思うのですけれど。

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